< ドッカン炸裂!1500mm >

 

納品を終え次の作業に入れる最低限度の片づけをし終えると、少し時間ができたので例の秘密兵器を試しに行った。と言ってもたいしたものでもレアなものでもなく、でも探すとなかなか見つからないシグマのAPOテレコンバーター、マウントは当然αマウントだ。純正で2つ揃えているので本来なら買う必要も無いんだけれど、超クリアな写真が撮れるボロボロの500mm/4.5には純正がくっつかないのである。これは非常にもったいない話だと考えていたのでちょいちょい探していたのがようやく見つかった。

 

今まではAPO400G(これもものすごいレンズだ)に2倍をつけて、更にデジで1200mmだったがそれを楽勝で凌駕する換算値1500mmは一体どんなものなんだろ?興味・好奇心は絶えることが無い。もっと早く手に入れていれば800mm/5.6も試せれたのに、これはしょーがないが思い出すと残念である。

能書き、前置きはともかく撮れた写真はまあまあええ具合なものでした、もっとひどいもんかと思ってた。長い方の滑走路の飯場ちょい南から狙ってこれである。

 

ファインダーを覗いた瞬間にこの年になってもわくわくするほどの激烈な超望遠、これを覗きながら思い出したことがある。。。

小学校高学年の頃に大阪でもやってたカメラショーに毎年行っていた。いっしょにチャリンコをこいで行ったひとつ上のY君は家がミニラボをしてて、今思うと親父さんはカメラマンだったのか今じゃわからないんだけど電車が好きで「今度片町線を走破してココ回ってこないして帰ってこよう」とか、小学生にしてはけっこう好きなことさせてもらってたなぁと今思う。

そのY君が首からぶらさげてたのがNIKON。いつもNIKON。親父さんのカメラだったんだろうがニコマートだったりニコンのFでファインダーがなんだかバカでかかったり、得意そうに説明をしてくれるんだけどその当時の私にはチンプンカンプン〜♪(今でもNIKONはあんまし詳しく無いし) でも、滅多に触らせてもらえないニコンFをかしてくれたと嬉しそうにしてたY君の姿はこっちまでニコニコしてしまうほどだった。

そのY君がおこずかいを貯めて買うねん!というてたのが当時ニコンのFシリーズ最高峰のF3。ニコン党の親父を持つY君なら当然の選択だろう。しかしプロが使うのを前提するフラッグシップ機は、途方もないほどの値段がしたので買えたかどうかわからないが、二人して各メーカーカメラいっぱいのカタログを暗記するほど読んでは自分のカメラでもないのに「スペックではこっちが勝ってる、シャッターチタン幕やで」「いや、こっちはモードラつけたらこんなにデカイ」とかわけのわからない勝負をしてた。スペックで一番のモノは何がどうあれすごかったし、36枚撮りをものの数秒で撮り切る、なんて非現実なスペックですらカッコ良く思えた。今でもそういうのはどこかにあって「こんな機能いらんで〜」とか思いつつも、あったらあったで試したくなるし最高のモノがあればそれを試してみたくなる。

そのY君がカメラショーで真っ先に向かうのが当然ニコンのブース。私は当時から小さく、Y君は大きかったがそれでも小学生が「F3、モードラ付で見せてください。レンズはこれこれ・・・で」とか偉そうな内容を言ってるのはニコンの人から見たらかわいかっただろう。モードラで武装されたF3を手渡されたY君はいっちょ前の構えで覗いて、空シャッターを切る。とんでもない速さでシャッター音とプロっぽい憧れの自動巻上げの音がほんの1秒ほどの時間で響くと、二人して歓声をあげた。その後係員のおっちゃんから「最高は○コマ/秒(あんまり覚えてない、とにかくすごいコマ数)いくんだけど、1/2000でやると・・・ほら、幕が開かなくなるんだよ」ってメカでマニアな会話をしていた。

憧れだったなぁ、と懐かしく思う。今じゃ当たり前になった自動巻上げ(って、もうデジの時代やから巻き上げるものも無いんだけどね(笑))。手巻き勝負、とかって手で36コマを何秒で撮りきれるか、とかカメラにはかわいそうな勝負をしたりもしてたほど、モータードライブを付ける、ということが写真を撮るということとは関係なく憧れであり、あの騒々しいモーター音さえきれいな旋律に聞こえるほど欲しかった。

Y君はきっとほどなくして理想のF3モードラ付首が引きちぎれるほどの重さ仕様(だってニコンやキャノンのモードラって確か単三電池8本か12本要ったのだ)を手に入れたことだろう。私はY君と会わなくなってから10年ほど経過した頃に、Y君とカタログ合戦をしていた憧れのLXとモードラを手に入れた。でも、その頃はもうカメラはオートフォーカス全盛になっていてキャノンは超音波モーターのAFレンズで音もしないカメラを作っていた。

 

 

一眼デジカメはここ数年で想像をはるかに超えた進化をして、今では無くてはならないモノになった(必要な人だけだけど)。その反面、フィルム関係の生産がどんどんと廃止されていきコダックの白黒ペーパーも、もう作らないと聞いた。いよいよフィルム時代の終焉が確実に近づいている。これからはフィルムで撮るのは貴重で贅沢なことになってしまうだろう(写真館も勢いがあるトコロだと今はデジバックといってハッセルのボディに300〜500万円もするデジバックをつけて撮っている。これがまたものすごい立体感と解像度なのだ...)。

この日同時に使っていたα9というフィルムカメラを覗いたとき、一眼レフのボディの命であるファインダーの出来の良さをわかっちゃいるけど悔しいくらいに思い切り痛感する。カメラってやっぱりこれでなくちゃやっぱいけないなぁ。。。と。シャッター押すことが気持ちいいのなんのって・・・。

あれほど合焦を何度も確認してもわかりずらかったピンの山が、近眼の私でもα9では「はい、ココ」とMFで瞬時にわかる。覗いた瞬間にいい写真が撮れそうな、そんなファインダーを持つボディ。まだまだフィルムカメラの方が2枚も3枚も上手である(フルサイズのデジ一眼はとうとう滅亡したコンタックス、そういや...というコダック、そして現役のキャノンと実質1メーカーしか出してないが、ファインダーを求めるためにフルサイズを選ぶというのも選択としてはありかもしれない)。更に言えば撮影に関する全ての操作に対する応答性の良さ、これが安心感につながる、最高のボディにはそれが例えばレバーひとつにしても作り手の気合が入っている。操作するごとに指先と身体でそれを感じるから撮ることに集中できるのだ。デジタルが完成域に入ってきたなんて、そういう部分ではまだまだこれからのような気がする。数々の名品といわれるフィルムカメラを作ってきた先人達の技を流行だからと消してしまわぬように、本当に良いモノ、ホンモノを造り続けないといつか全てが曖昧な70%程度の不可も無く・・・ということにならないかと、余計な心配をしてしまう。(そういう意味ではNIKONのF6などは無くならないうちに手にしておいた方が...。おそらく2〜3年で代替わりとなり廃れてしまうD200にレンズをつけた値段で、世界最高峰の一眼レフボディが買えるという時代は今だけかもしれない。フィルムという記録媒体に固執しているのか、最近特に何故かフィルムが、フィルムで写真を撮るということが、いとおしくてしょーがない。)

 

 

 

 

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