< Muchas gracias! >

 

オートメッセでおねーちゃん撮影ばかりして駐車場へ帰る道すがら、WTCの1Fホールでなにやらいい感じの手拍子によるリズムとスパニッシュギターが鳴っていた。う〜ん、ヒキヨセラレル。。。

 

なんと躍動的なのだろう。たった今見てきたピチピチおねーちゃんが翳ってしまうほど動き回る手と体のきれいなライン、蹴りだす足、そして人間の手と感覚から生み出されるリズムはフラメンコの何をも知らない者にもなにかを感じてしまう。設けられたパイプ椅子にはおじーさんとおばーさん達が座っていたが、きっと寿命が3年はのびたことだろう。それくらい情熱的な踊りだったのだ。

 

この手のラインと動きが非常に美しい。人間って世界中でいろんなものを生み出して文化というものにしていっているが、無形である踊りというのもなんとも魅入ってしまうものがある。ボーカリストは声で人に何かを伝え感動させる。たとえ意味がわからない言語であってもその声、つまり空気の振動だけで涙が流れ鳥肌がたつほどの唄もある。踊りで何かを表現するというのも素晴らしい表現方法であり、それはまさしく美に通じていく。このきれいなラインはどうだ。カメラマンはシャッターを押すときに感動して押すのであり、美があればそれを表現したいがために光を読んで指先と目に神経を集中する。ファインダーの中では今まで撮っていたときよりもはるかに撮りたい被写体が舞っていた。

 

人を撮るのがいつの間にか仕事になってそれが好きになっている。とてもいい写真だなと撮っている自分でも思うことももちろんあるし、それで人が喜んでくれるのが何よりも嬉しい。子供の絵、特に他人さんの子供写真など、今の世の中では発表することが困難になってきたが、本当になんともいえない瞬間の絵があるのをご覧頂けないのが残念である。

頼まれて撮るときもその与えられた条件で誰よりもいい写真を撮るというやりがいとそして素直にきれいな写真を見て欲しいということから、撮影し終えるとクタクタになるほど全ての神経を集中させる。ほんとに偶然出くわしたこの瞬間に一番良さそうなアングルを求め、そしてイメージした通りの絵ができると、素直にとても嬉しい。手の仕草、そしてこの表情に出会えたことは幸運。撮りたいと思わないとやはりイイ絵というのは生まれないんだなぁと痛感した。

Gracias!

 

って、ちょっとスモーキンタイムで休憩に降りてきたがまだ半分ほどしか終わってない。。。果てしなく続く家内制手工業の袋詰め作業なのだ’(;;)。でも、小さな写真だけど楽しみにしている親御さんがいると思うとがんばって早く納品してあげたいのである。しかし、朝方に倒れるかも...zzz。。。

 

 

 

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