< Sayonara...ミノルタ&コニカ >


α-7D with AF100mm/2.8 MACRO(以下同じ)

コニカミノルタがカメラ業務からの撤退(αシステムはソニーへ移行するとかどーとか)を決めて発表があったのを読んで、まあこんなもんだわな。。。と完全撤退とそこまで利益があがってなかったのかと驚いたが、こういう結果は遅かれ早かれ予想できてたのでショックで寝込むほどではなかった。しかし、ミノルタ・コニカにはいいレンズ、いいボディがあっただけに非常に残念なのは残念である。新品在庫でめぼしいレンズなどは発表後に売りきれただろう、今月のミノルタの機材売り上げは一桁UPに違いない。しかし撤退発表でまた中古市場が高沸することだろう。とかいいつつ私もちゃっかり最終ウェポンを押さえたりしてる。それはαユーザーでしか味わえない玉。他のメーカーユーザーにはなんのこっちゃらさっぱりわからんだろーが、どうして大手ではなく弱小メーカーを愛するかというのも、そういうほんの些細で微妙なトコに凝縮されるのである。

フィルムカメラの将来は、ほぼ壊滅的に無い。銀を使っているし現像液などの環境問題のこともあるからいつかは消え去る運命だろう。しかも、おじーちゃんおばーちゃんまでデジタルコンパクトが浸透してしまうと、もう趣味性の強いカメラ等でしか存在することができなくなってしまうし、これから更に年を重ねるごとにデジタルとの差は広がる一方だろう。それぞれ今はデジはフィルムに追いつけ(もう追いついてる部分もいっぱいある、もちろん追い越してるトコも)デジに侵食されずに同居できないものか、なんてやってるけど根本的に違うモノなので8ミリがハンディカムになったように過去のものになっていくのだろう。寂しいがそれが進化だ。

自分のカメラなど撮るばっかりで滅多に機材をブツ撮りよろしく写したりしないのだけど、愛機への想いを込めてちょっと撮ってみた。ミノルタが誇る(割にはけっこう安値でバンバカ叩き売りされてる)フラッグシップ機、α-9である。このボディは文句無く良い、購入をずっと悩んでいる方がいるのなら、今のうちにいっとけ。後悔はしない。ひとそれぞれだけど。

 

私は仕事じゃデジほぼ100%で撮っているが、もちろんフィルム時代から撮っているのでどっちかというとフィルムの方が好きだ。それもモノクロームフィルムで撮るのが好き。モノクロは一般的じゃなくなって久しいが、いまだに生産されててこれからも値段が高くなることはあっても数十年は無くなることはないんじゃないかと思う。フィルムカメラボディがいつかもう中国でしか造られないようになってもフィルムはジジイになるまではとりあえずあるんじゃないかと思う。それが無くなったらもうどうしようもなくつまらない世界になっちゃうもから無くなりはしない、とフジとコダックの大手二社に希望する(他にもあるのはあるんです、フィルム作ってるメーカーは、ヨーロッパとかの会社ね。ただ全然一般的じゃない)。

フィルムカメラは装填時からが儀式のようで、そしてとにかく神秘的な光と科学のメカニズムで絵をつくって残すそのプロセスはよくまあおもいついたものであると感心する。今のように撮ってすぐに液晶で確認できないのは当たり前だが、待たないと絵が見れないと、そういうプロセスも昔を知らない人は新鮮に見えて楽しむようになっていくのかもしれない。

いくらメーカーがつぶれようと、その製作者の意地とプライド、そして誇りが込められたボディは50年、100年経っても色あせない、むしろ増してゆく。写真は二眼レフの王様ローライフレックス。今回のモデルは同じ大口径でもプラナーと比べてシャープな絵を結ぶ2.8Dクセノター。もちろん電池など要らず、全てメカニカルなギアとからくり時計のような内部構造で撮影以外でも楽しめるのがたまらなく心をくすぐる。非常に運がよく一度も開けられていない中古を入手し、メカ好きな私は自分で調整して使っている。こんな造りも設計思想もすごいものを半世紀以上前に造ってしまってた事実がすごすぎる。メンテさえ行えば私が死んでからも孫子の代まで使えそうなそういうものは、途中古臭いとか時代遅れとボロカスに言われたりしながらも、結局は、最終的に残っていく。消えていくのはそのときだけの流行だけでピークを迎えた薄っぺらいものばかりだ。

 

そして普遍性の塊のような同じくドイツが世界に誇るライカ。トラディショナル物にはそれ相応の歴史と裏づけされた性能、ユーザーからの信頼と時間から自然に生まれてくる何かがある。機能からだけじゃなくそれプラスのあれこれの神話が生まれて、あれやこれやの話はいっぱいあるが、洋服やバッグなどと同じくブランドイメージはいまだに最高ポイントで君臨している。日本のカメラメーカーからはいつしか感じれなくなってしまった何かがこういう舶来カメラにはいまだに存在しててそれはやっぱりカメラとは精密機械なんだと触った瞬間に感じれるナニカなのである。古いカメラではなく、現行機種からでもそれが感じれるということが素晴らしい。いつから日本のカメラを手にしても心躍らなくなったんだろう・・・。

このM6TTLも今では絶版(現行ラインナップには無いという意・新品在庫は買える金額かそうでないかは別として探せばある、ちなみに私は新品買えなかった...)となってるモデルだが1950年前後から製造されたM3から始まったMマウントの流れを受け継いできた機種のひとつ、今はM7とMPというモデルが最前線モデルで値段も最前線である(泣、高いよ、やっぱし・・・)。仕事では使えない、なんて思ったら大間違い。私も今まで見たこともないし聞くことすらなかったが(ポートレイトやスナップ作家では時々見聞きするが)HPを拝見してメールでお知り合いになれた方が、ライカ100%で仕事に使っているというお話を聞いて私も足を踏み入れた(で、入って抜け出せないのがライカ沼)。古いライカも欲しいが、最新式ボディとレンズ一本だけでもいろんなことを感じさせてくれるいまどき珍しいカメラだ。みんなが同じように古いタイプを探したり、同じ型なのに何台も持ったりしていつしかボディやレンズが何台、何本と増えていくのもよ〜くわかる。ローライなどが私の場合それで、一台ありゃ十分だろうと思いつつ何故だかいつの間にか増えていってしまった。かのロバート・キャパはローライを首から何台もぶらさげて撮影してたが(もちろん見たわけじゃない、そういうドキュメント映画を見たのだ)、私なんかはローライが歩く度に、走る度にゴツンゴツンと互いに当たるだけで寿命が縮んでしまう(笑)。愛すべきカメラは使ってこそナンボではあるが大事に使うこともこれまた持った者の使命なんである。だって40〜50年前のおじーさんカメラだもん、撮りますよ〜、いいですか〜、ってカメラにも聞かないとね、耳が遠くなってるカメラもいるし、白内障にかかってるカメラ、中には外側はピッカピカなのに内部が全身マヒになっちゃってるカメラもあるので選ぶときにはよくよく熟慮の上で買わないとエライ目にあう。(で、エライ目にあってもそれがまた肥やしになっていったりするのね(笑))

でも、私は懐古するほど年寄りでもないし、カメラはバンバカ本来のネガ、ポジを作る機械以外のなにものでもないと基本的には思っているのでいくら古くたって、逆に新しくたって、気持ちよく写真が撮れないと購入意欲も存在の意味もないのである。たとえばオールドタイマーな銘車を持ってても、乗らなくちゃもったいないし飾るだけなら場所を取らない精密なプラモの方が家族にも文句を言われない。かといって乗り出したら大渋滞に巻き込まれてラジエーターが悲鳴をあげてモクモクモク...なんてことになると楽しくない。持つのも維持するのも苦痛になっちゃう、同じ持つなら現代のライトウェイトのスポーツカーで全開できる気持ち良さを味わった方が楽しいかも、ってそんな感じに似てるのかも。でも飾る際の占有面積がはるかに小さいカメラなんかは、集めて眺める楽しみもあるかもしれない。でもやっぱり造形美も機能してこその美であるので動くものは動かしてる時が機械も一番喜んでいると思う。言霊という言葉があるように、機械にも魂があると私は思っている。

これを選んだ理由はまさにそれ。しまっておいて眺めるんじゃなくて、持ち出していっぱい巻き上げレバーを回し、少し深いレリーズを押して押してとりまくれるようななそんなカメラが最高にカッコいいと思うし好きなのである(今、じゃなくて昔っから)、そしてお財布とも相談して(当然だが嫁さんには相談しない)それにとてもぴったりはまったのがこのライカM6。

撤退してしまったコニカやミノルタのカメラはもう世の中に出てこないが世の中には各メーカーいっぱいの新旧カメラがある、フィルムが存在している間だけでもそれを体験し楽しまないともったいない。だからというわけではないが、今年に入ってフィルムに消費量が前年比で言えばめちゃくちゃUPしている。やっぱりフィルムカメラはデジタルに比べたら様々な便利さで言えば不利だけど、撮ってる瞬間とあがったポジをルーペで覗く瞬間が、なんとも言えず気持ちいい。一度お試しアレ。

 

 

 

 

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